レンタルサーバー
  1. 無料アクセス解析
カープの復活を信じて 統計学的に見た評価とは

スポンサーサイト


訪問ありがとうございます。お初の方も、常連の方も、クリックお願いします。

にほんブログ村 野球ブログへ にほんブログ村 野球ブログ 広島東洋カープへ
広島東洋カープブログランキング
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top

統計学的に見た評価とは


訪問ありがとうございます。お初の方も、常連の方も、クリックお願いします。

にほんブログ村 野球ブログへ にほんブログ村 野球ブログ 広島東洋カープへ
広島東洋カープブログランキング
ついに小沢さんの側近が逮捕されましたね。ただ、検察側が必要以上に情報をリークしていることから、実は焦っているのは検察側だと言う意見もあるようです。いずれにしても、「あいさつに来るのが遅い」などと民間企業の経営トップを政治家秘書(大久保容疑者だそうですが)が一喝する(中日新聞紙面より)のもどうかと。

「おまえは何もの?」

とも思いますし、こういう力関係が成立していること自体が問題だと思います。

今回の検察の動きについて、裏で自民党が動いているのかどうかわかりませんが、(国民目線で見ると)政権にとってはかなり影響が大きそう。評価ががた落ちとは言え、本来の「政治」で結果が出る前にこういう形で政権を追われることになると残念な気持ちはします。また、このことについても書いてみたいですね。

◆◆◆

さて、今回は「統計学的思考」に関するコラムを参照。サラリーマンの評価について記載されていますが、「野球選手」にも当てはめながら考えてみたいと思います。

引用は、日経ビジネスオンラインからです。

◆◆◆

会社に勤められている人は、評価する側・される側に関わらず、「人事考課」に触れたことはあると思います。と同時に、「あれだけ頑張ったのに・・・」とか、「あいつよりも働いているのに・・・」という思いをされたこともあるでしょう。今回はそんなお話です。

【あなたが平均以上の成績だったのは半分の平均以下の人々のお陰である】

 ■人事評価と経営者の役割

 1980年代の終わりから90年代の初めにかけて、バブルがはじけ、米国企業の圧倒
 的な競争力を見せつけられ、日本的経営の短所だけが語られるようになり、多く
 の企業が生き残りをかけて米国式グローバル経営法をこぞって導入した。
 
 その波の一部が、競争概念の企業内への導入という事であった。競争の導入と
 言っても日本の企業経営における競争概念は非常に限定的である。
 
 日本の伝統的な協調を中心とした年功序列制や終身雇用制の全面的な否定ではな
 く、給与体系のごく一部に業績評価を入れ、給与格差をつけたり、ボーナスの額
 の多寡を決めたりという程度が大方をしめているようであり、米国のかなり多く
 の企業で行われているような、年次評価によって年収が何倍から何十倍も異なる
 ような状況を示している訳ではない。従業員が年次評価を盾に給料の交渉をする
 わけでもない。大まかに言って日本の給与体系は従来の協調を基本とした給与体
 系であると見なせる。

 ■既に出ていた個人の業績は測れないという結論
 
 しかしながら、この問題は日本で非常に多くの議論を醸し出し、特に従業員側か
 らは不満が続出したようである。日本でいち早く業績評価に基づいた給与体系を
 導入した富士通、三井物産、資生堂、キリンビール、小林製薬などにおいては、
 すでに根本的な見直しが行われ、むしろ伝統的な日本の給与体系に戻ったようで
 ある。
 
 個人の成績に基づいて給料を決めるという事は、従業員を競争させたら、皆一生
 懸命働き、組織としての生産性は向上するはずであるという前提に基づいている。
 
 しかしながら、80年代に国家的破綻に直面していた米国を再生させ、国際競争力
 を世界一に押し上げたデミンググループは、80年代の終わりに既に個人の業績は
 測れないという結論を出した。
 
 デミング博士はじめ、デミンググループの指導者の多くは統計学者である。つま
 り、測るという事を専門とした世界最高峰の人たちである。その人達が、成果の
 80%は皆がかかわり合った結果であって、環境から独立した個々の人間の成果と
 して判別できるのはごく一部であるという結論に達したのである。
 
 人間を評価するという事は、非常に多くの場合において相対評価の形をとらざる
 を得ない。なぜなら、ほとんどすべての人はお互いに異なる仕事をしていて、同
 じ状況下で全く同じ仕事をするという事は極めて少ないので、何か絶対的尺度が
 あって業績を図るという事がほとんどの場合において不可能に近いからだ。
 
 組織がチームプレイである以上、点を取るためには、犠牲フライや犠牲バントが
 あり、皆がホームランを狙う事は出来ない。野球では、これらは全体に貢献する
 役割として、評価される。企業には、自己の業績を犠牲にして評価されるシステ
 ムはない。しかも原資は限られているので、結局はそれをどう分配するかという
 問題に帰結するであろう。

 ■半分の人が勤労意欲を失って企業はやって行けるのか

 図1に見られるように、組織全体の生産高や収益が与えられている時、従業員に成
 績をつけるという事は、グループ分けをしたり、人々のランキング付けをしたり
 しなければならない。それは言いかえればAとBという個人のランキングを入れ替
 えることである。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091008/206657/graph01.jpg

 つまり高い相対評価を得た者は、低い相対評価をもらうものがいて初めて高い評
 価が可能になるのである。しかも、常に半分の人間は平均以下の評価を得なくて
 はならない。半分が平均以上で、半分が平均以下であるから、平均が成り立つの
 だ。
 
 これでは全員が高い勤労意欲を持って仕事をするにはムリがある。私が特に気が
 付いたのは、自分がもらった評価は自分が考えていた評価よりも低いという経験
 した人が、かなり多いという事である。特に平均以下の人たちはやる気を失う場
 合が多い。平均以下の人たち、つまり半分の人が勤労意欲を失って、企業はやっ
 て行けるだろうか。
 
 ■序列制のある組織では約半分が敗者になる

 一方、経営者の役割は図2においてAという分布の状況が与えられている時に、全
 従業員の生産性の平均を上げ、Bという分布にする事であり、さらにそのバラツキ
 を減らしCという分布の状況を作ることである。図2の状況は分布の改善をめざし
 ているのに対し、図1は分布の中における個人の位置が動いているに過ぎず、全体
 には何の改善もみられない。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091008/206657/graph02.jpg

 管理者が部下を評価する本来の目的は、その評価が善かれ悪しかれ、その評価に
 よってその後、より良い仕事をしてくれることを期待するためである。
 
 普通、評価は人々に序列をつけるという形をとる。序列制では、ただ一人だけが
 ナンバーワンであり、真の勝利者は一人だけである。上位3位まで入賞で勝利者と
 みなされる場合は、他のすべての人が敗者となる。もっと一般的には、序列制で
 は平均(半分)以下は、どうみても敗者となる。序列制のある、いかなる組織に
 おいても、全体の約半分の人々が敗者となる。
 
 なぜなら、その組織が優秀であろうとなかろうと、いかなる組織においても約半
 分の人々は平均以下だからである。序列制は元来、個人個人の競争心をかきたて、
 個々のパフォーマンスを向上させて、組織全体の業績を向上させることを目的と
 したものである。
 
 しかし、一度人々を平均以下だと分類した後、いったいこの人々にどのような動
 機づけをしてやる気を起こさせ、以前よりよく働くようにさせることができるの
 だろうか。



企業の中での「評価」の現実はこうでしょうね。人件費の原資は一定であり、そのパイを奪い合う訳ですから、こうならざるを得ない。ベストの手段で無いにしても、実現可能でかつ、現実的な方法であることは間違いありません。表向きに上司は「絶対評価だ」と言わざるを得ない(実は、人事マニュアルがあったりします)のですが、その実は相対評価。各レベルの枠が予め決まっており、そのパイを人事権を持つ人で奪い合う。あまり面白くない話ではありますが、上司の発言権が強いと同じくらいのレベルの人でもその上司の下にいる方が有利だったりすることもあります。

企業の中で難しいのは、各部門別に業務が異なること。大企業になればなるほどそれは顕著で、われわれメーカの中でも間接部門などは、メーカが最終製品として作っているものとは全く関係ないことをやってたりしますからね。

では、プロ野球チームに所属する野球選手の場合はどうなのでしょうか?

一般企業の場合、企業として目指すのは、「利益の追求」です。最近、「利益」ばかり、追い求めると、いろいろ問題が生じることが多く、企業理念として「お客様の・・・」みたいなものを挙げる会社が増えましたが、永い目で見ると、結果的にそれが利益に結びつく訳で、「利益の追求」を否定するものではありません。一方、プロ野球チームが目指すことは「勝利」そして、その積み重ねによる「優勝」と言うのは異論ないと思います。

そうすると、「勝利」にいかに貢献したかどうかによって「個人の評価」が行われるべきなのだと思いますが、実際のところできているかというと難しそうで・・・どうしても、(表に見える)個人成績に引っ張られる傾向があるように思います(実際は違うかもしれませんが)。

例えば、あり得ないことだと思いますが、1軍登録された全選手が生涯最高の成績を残し、チームとしては日本シリーズを制覇した場合なんかどうでしょうか?

プロ野球の場合にも企業と同様、「人件費の原資は一定であり、そのパイを奪い合う」と言う点は同じだと思います・・・というか、同じで無いと企業に必要な「継続的な活動」ができる訳がない。日本シリーズで勝ったとすると、収入が増加するのは間違いないと思いますが、その中で人件費に充てられる額と言うのは決まっていますからね。現状のビジネスモデルでは、ファンの数を一定とした場合、球場に入る人数に上限がある以上、収入にも限界があります。その枠を広げるためには、当たり前ですが、様々な試みによりファンを増やすことや別の手段による集金手段(例えば、株式上場など)を持つしかないでしょう。その件については、またの機会に触れてみたいですね。

で、前述のような形で日本シリーズを勝った場合、「生涯最高の成績」を残しても、現状維持や場合によっては減額(うーん・・・それは悲しいな)と言うこともあるのかもしれません。結局、それらの成績が「勝利」や「優勝」にどれだけ貢献したか・・・と考えた場合、「個人成績」と「勝利への貢献」は必ずしも一致する訳ではないですし、個人の貢献ポイントを数値化した場合、(自己最高の成績を出しても)平均値以下の選手も出てくる訳で。たまたま、その年は、平均値が高かったというだけ。

と、言っても、特殊な事例とはいえ、なかなか平均値以下をマイナスにするような思い切ったことは出来ないと思うので、評価する側(経営側)としては、成績の変動に対する年俸の変動を遅れさせる(連続して活躍することで初めて大きく評価する)とか、優勝したら大きく上げる代わりに、優勝出来ない場合は、個人成績が良くても上げない(チーム成績に連動)などの手を打つことになるのでしょう。

このような評価システムにおいては、「平均以下」と判断された選手や自己評価よりも著しく低かった選手は、モチベーションは著しく低下する気がします。

以下、企業の場合のモチベーションの保ち方が述べられています。
 

 ■全体観的経営にはなじまない序列制

 つまり、序列制は組織内の50%の人々を失敗者または落伍者とみなし、彼らのや
 る気をなくさせるやり方なのだ。組織全体がうまくいくようにしようとしている
 とき、序列制の評価は、その組織の50%の人々がいわば失敗することを必要とし
 ているという矛盾がある。したがって、ランキング付けは全体観的経営にはなじ
 まない。なぜなら、一部の人だけではなく全員が参加し、全部の人が意欲を持っ
 て働けるような職場環境を整えようというのが全体観的経営の考え方だからであ
 る。
 
 日本人には信じられないような話だが、米国には最下位10%の人を毎年クビにす
 る政策をとることを勧めるコンサルタントがいる。それでは、何年かかったら全
 員満足のいく社員になり、クビを切られなくてすむようになるのだろうか。答え
 は、永遠にクビ切りはなくならない。なぜなら、常に10%の人々は最下位にいる
 からである。
 
 その上、新しく雇った人々がクビを切られた従業員より有能であると誰がいえる
 のか。新しく来た人は大抵の場合、ほかでクビになった人々である。たいして変
 わらない。それに、この考え方のなかには、新しく雇ったり、その新入社員に新
 たに教育を与えたりするのに多額の金がかかること、また従業員の無形の信頼感
 などが一切考慮に入っていない。
 
 ■「失業」という恐怖の念は個人の尊厳を奪う

 序列制は恐怖による経営である。なぜなら、従業員のあいだに失業という恐怖の
 念を植えつけるからだ。恐怖の念は個人個人の人間の尊厳を奪い、従業員の創造
 力を枯渇させ、長期にわたる質および生産性の向上には結びつかない。リーダー
 は、このことをしっかり肝に銘ずべきである。
 
 ランキング制というのは、競争により個々の人々にやる気を起こさせようとする
 やり方である。これは個々の人々が最大限に働けば全体はうまくいくのだと考え
 る、典型的な分析的アプローチである。大事な点は、あまり競争が激しくなると、
 人々が協力的でなくなるおそれがあるということだ。

 ■吉田語録

 図3の分布で、あなたの成績が運良く平均以上であったとしよう。あなたは、なぜ
 平均以上になれたのだろうか。平均以下の人々が半分いたお陰で、あなたは平均
 以上になれたのである。平均以下の人々はあなたに安らぎを与える非常に重要な
 人達である。つまり、あなたは平均以下の人々に感謝しなければならない。それ
 なのに平均以下の人々を悪く扱うのは、彼らに恩を仇で返すのと同じことである。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091008/206657/graph03.jpg
 



下位10%を常に切るというのはインパクトありますね。カープでそれをやるとどうなるでしょうw
当然、機械的に切るというのは無理がありますよね。プロスポーツならそれくらい極端でもOK・・・という意見はあるかもしれませんが、一般企業だとさすがに無理ですねw

モチベーションの保ち方は、次でしたw

◆◆◆

【評価とは正当な業績測定と誤差が重なったものと肝に銘ずること】

 ■人事評価制度の問題点

 前回は現行の人事評価制度、特に成果主義にはいろいろな問題があることを述べ
 た。その問題をもう少し違う観点から考えてみよう。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091030/208531/graph01.jpg

 図1のような業務成績を残している2人の従業員がいる時、AとBのどちらが先に昇
 進するのだろうか。もちろんAであろう。

 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091030/208531/graph02.jpg

 図2は図1におけるAとBの成績をもっと長い30年ほどの長期にわたって比較したも
 のを示している。この図では、初期の時点ではAはBより上でAはBより良い仕事を
 したということで、Aは昇給し、Bは足踏みする。

 ■人間の評価はばらつきでしか表すことができない

 ところが後の時点では、BはAより成績が良く、Bは昇給しAは足踏みすることにな
 る。いわばA’とかA”は、Aという人の真の評価ではなく、常に変わる値の一観
 察点でしかないのだ。
 
 どの人にとっても人間の評価はばらつきでしか表すことができず、ひとつの数字
 で評価すること自体に無理がある。これらの時系列を右側に投影すると、Aと B
 の分布ができる。AとBの場合、結局どちらの成績が上だったのかは、長期的に見
 れば大差ない(図2の右端のばらつきを参照)。
 
 非常に多くの人々にとって、これに似た状況があてはまると考えられる。つまり、
 観察点ごとに評価を下すことにあまり意味がない場合が多い。
 
 自分にとって不公平と思われる人事評価に対して激怒したり傷ついたりする人は、
 米国では非常に多い。私が米国にいたころ、郵便局で働いていた職員が、高圧的
 な経営に従ってノルマに追いまくられた上、目標に達せず勤務評定を下げられ頭
 にきて、機関銃を持って局内に乱入し、何人も殺したという事件が1 回ならず起
 きた。
 
 この例ほど大々的に社会に取り上げられたわけではないが、毎年何人かの管理職
 は年次評価の不満から部下に銃で殺されているようだ。
 
 競争社会の米国では、上はトップマネジメントから下は新入社員やそのほかの組
 織の新しいメンバーに至るまで、勤労階級のほとんどの者は年次評価に一喜一憂
 するとともに、それを非常に恐れている。年次評価が、人々が職場に関して不満
 を持ったり、上役に対して不信の念を抱いたり、同僚と敵対関係を持つ最大の要
 因となる。
 
 なぜなら、年次評価の結果は給料に大いに反映され、さらに何年か後には良くな
 い評価が場合によってはクビになる前兆となるからだ。

 ■管理者の仕事は評価ではなく生産性を向上させること

 人事評価制は、従業員同士の競争を奨励し、それにより生産性を上げようとする
 方策である。ところが実際には、人事評価が直ちに給料に反映される米国では、
 人事評価や給料に関する不平不満からくる勤労意欲の低下は計り知れないものが
 ある。
 
 評価される方ばかりではなく、評価する方もこの評価プロセスからくる極度の緊
 張感から、人事評価を嫌う管理者も多い。評価は人件費やそのほかのコストがか
 かるうえ、付加価値ゼロという点を考慮すると、品質に対する検査同様、なるべ
 く減らす方向に持っていきたい。管理者の仕事は、個々の人間を評価することで
 はない。全体の生産性を向上させることである。
 
 日本の従来の経営方法では年次評価制度はあるが、その使い方が米国とまるっき
 り異なる。従業員がその組織体に入ると、2、3年ごとに配置転換になり、毎回異
 なる上司に何年かずつ評価されることになる。

 ■長期の分布として見ると的確に人々を比べられる

 そして、20年、30年たつと、ひとりにつきひとりの時系列ができ、ひとりずつの
 分布ができあがる。個々の評価には偏見も誤りもあり、また評価する人とされる
 人との相性や人間関係の影響を受けるであろうが、個々の誤りは相殺され、分布
 として見た場合にはかなり的確に人々を比べることができる。
 
 そして、ほとんどの人々は大差がないということも分かるであろうし、本当に優
 秀な人は、図3のAのようにほかの人々とまるっきり違う図やばらつきを示すであ
 ろう。日本ではその時初めて役員になり、給料やボーナスが、ジャンプする。
 
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091030/208531/graph03.jpg

 年功序列制や終身雇用制は、およそ前近代的な非能率の代表のように考えられる
 傾向があるが、人間を的確に評価するということは長い時間を要するものであり、
 特に次のトップマネジメントを決めるのには最適な方法ということができる。
 
 個々の観測点はノイズ(雑音とか誤差)とシグナル(本当の意味ある価値)が合
 わさったものであるが、終身雇用制のもとでの時系列と分布は、それらを分離す
 ることができる極めて有効な方法である。

 ■ノイズがいっぱい入った評価である成果主義

 一方、成果主義というのはシグナルのほかにノイズがいっぱい入った評価に基づ
 いて給料やボーナスが決まるのであり、評価される方の人々が頻繁に評価に対し
 て不信感を持ち、勤労意欲を失ったり、反対に予想外に良い評価をもらって慢心
 してしまったりする可能性が高い。
 
 もちろん、証券会社の株のデリバティブを扱う人のように、極めて高度な専門的
 な知識と勘により巨額な資金の投資利回りを瞬間的に左右する人たちのグループ
 や、会社の命運を左右するような画期的な発明や発見をした人たち、また、ス
 ポーツ選手に対するような評価があてはまる場合もあろうが、すべての人を短期
 的なそのときどきの成績によってのみ評価する社会は、いわば人間を使い捨ての
 対象とみなす危険性をはらむ。
 
 米国で散見されるのだが、若い優秀な人間が入ってきた場合、評価する方の管理
 者はその人間がいずれ自分を追い抜いていくであろうことを知り、徹底的に悪い
 評価を与え、そのうちにその優秀な人はその組織から追い出されるということが
 ある。
 
 自分が有能だと信じている現在の若い人たちにとって、米国のような競争社会は
 自由で魅力的であろうが、競争社会とは、優秀な人が組織の中においてその能力
 を発揮することが容易ではない社会のことである。
 
 一方、年功序列制や終身雇用制というのは、優秀であればそのうちにチャンスが
 巡ってくる制度ともいえるだろう。もちろん、日本の従来の雇用形態や評価方法
 にはいろいろな面において現状に即さないという部分もあるが、それについての
 議論はまたの機会にしたい。

 ■吉田語録

 自分が正当と思うものより低い評価を与えられた経験がある人が多いようである。
 サラリーマンが肝に銘じておかなければならないのは、評価というのは正当な業
 績の測定の部分と誤差とが重なったものであるという点である。

 個々の評価に腹を立てたり、自分が考えた評価より悪い評価をもらったからと
 いって腐ったりしてはいけない。多くのサラリーマンは自分の給料とか昇進を他
 の人と比べてやきもきした経験があるであろうが、定年間近になって初めて、大
 差がなかったということが分かることが多い。

 やきもきしてやたらと神経をすり減らして一体何を得たのだろうか。日本のよう
 な長期雇用制のある社会では、長期的に見れば、正当な業績評価が得られる可能
 性が非常に高いということを知って、決して諦めずに地道に努力を続けよう。急
 いで先に行きたい人には行かせよう。そういう人は先に死にます。



結局、サラリーマンの場合、長期間にわたって働くことを前提とすると、評価者も変わる、仕事も変わることで、評価のバラツキが平均化されるということなんですが、同じ人事制度の基であれば、そうなるんですかね。ただ、この10数年のように、人事制度が頻繁に変わるような場合、トータルで見て平均化される・・・というのは間違いかもしれません。

さて、プロ野球の場合、どうでしょう?サラリーマンに比べて現役の短いプロ野球選手。活躍したときはしっかりと昇給して欲しいと言う思いは強いと思います・・・が、それに対して、カープなどは、上に上げたサラリーマンの評価システムに近い気がします。大きくは上がらないが、かと言って、成績を残さなくてもある程度は残してくれる。これは、もう少し思い切っても良いような気がしますが・・・賛否両論はあるんでしょうね。嶋選手みたいに、苦節何年で・・・というストーリーは美談としては良いかもしれませんが、首位打者を取って以降のことを考えると、球団の立場で見ると、早く首を切って、他の選手を育てた方が良かった・・・かもしれません。もちろん、わからないですけどね。決して、嶋選手のことを嫌いな訳ではないので誤解無きよう。

「なるほど」という文章がありました。

 

■管理者の仕事は評価ではなく生産性を向上させること



これが重要なんですよね。プロ野球球団の場合も。ただ、特定の選手のみでチーム力を上げるのか(レギュラーとそれ以外に格差をつける)?選手全員でチーム力を上げるのか(全体観的経営)?というのは球団の強化方針・経営方針によるところだと思いますが難しいところです。

どのような手段(評価もひっくるめて)が、選手、スタッフ含め、全てのメンバーのパフォーマンスを最大にするのか?それが最重要の課題なんでしょう。

そしてもう一つ。

 

ランキング制というのは、競争により個々の人々にやる気を起こさせようとする
 やり方である。これは個々の人々が最大限に働けば全体はうまくいくのだと考え
 る、典型的な分析的アプローチである。大事な点は、あまり競争が激しくなると、
 人々が協力的でなくなるおそれがあるということだ。



競争の弊害なんだと思いますが、競争が内向きか外向きかによって、最終的なパフォーマンスは異なるのではないかと。本来、競争すべきは、外部(他球団の選手)であって、内向きの競争で疲弊してしまうとか、(強化のための)手段が目的と化す、あるいは競争の敗者が(本来の敵との戦いに)協力的でないなどと言うのは、本末転倒です。

競争原理は否定しませんが、その使い方をうまくして、それぞれの(チームの中での)役割分担と適切な評価によってチームとしてのパフォーマンスは上がって行くのではないかと。

うーん・・・いろいろ書きたいことはありましたが、まとまらないですね。

とにかく、

選手・マネージャ・スタッフ含め、一丸となって戦うチームが見たい!

です。その環境の構築をよろしくお願いします。
スポンサーサイト
2010.01.19 Tue l その他 l コメント (6) トラックバック (0) l top

コメント

No title
こんばんわ☆

なるほど。
成果主義といっても、一般社会においてそれがモチベーションにつながるとは限らない、むしろ、マイナスになりさえするということですかね。

今のカープについての選手の評価に関して言うと、
先日の中国新聞で一部、査定に紹介していましたが、呆れてしまいましたね。
主観的な評価が多すぎるように思えました。
客観的な部分を大事にしない、だからいくらたっても自分たちの状態が把握できない。
だから、簡単にフィリップス放出なんてことができてしまうんだなって私は感じました。

2010.01.20 Wed l むのん. URL l 編集
Re: No title
むのんさん

> こんばんわ☆

こんばんわ。お身体の方はいかがですか?
無理なさらないでくださいね。

> なるほど。
> 成果主義といっても、一般社会においてそれがモチベーションにつながるとは限らない、むしろ、マイナスになりさえするということですかね。

仕事によっては、マイナスに働くということは間違いないと思います。うまくいくためには、

・絶対評価であること
・誰もが納得する客観的な評価指標があること

の2点が条件になると思いますが、後者は営業などの職種ですと可能だと思いますが、前者は原資に枠がある以上難しいですよね。まあ、表向きは「絶対評価だ」と言うんですけどね、管理職はw

他にもプロジェクトで仕事をやっている場合、成功した場合の貢献をどう評価するか?と言うのも難しいですね。各メンバーの協力によって成功したのは疑い無いにしても、誰の貢献が一番か?と言うのは測定できない・・・ことが多いですよね。

話はそれますが、青色LEDの中村先生始め、会社に対して多額の成功報酬を求める訴訟が普通に行われるようになりましたが、あれもどうかと思いますよね。上述のように、一人でやった仕事ではないはずだし、成功に至る過程で失敗も必ずある。失敗に対して、減点されてないにも関わらず、成功したときに全ての報酬を求められると会社は成り立たないですからね。研究・開発なんて、10回に1回成功すれば御の字ですので。

話を戻すと、野球の場合、一般企業に比べて、役割はある程度似通っていますが、それでもピッチャーとバッターは?とか、1番と4番は?みたいなものはありますよね?あと、守備の貢献はどうするの?という問題も。どの世界でも両者が納得のいく評価システムと言うのは存在しない・・・ですよね。ただひとつ納得行く方法としては、事前に細かく取りきめておくことですかね。3割20本なら1億、2割9分なら9000万とか・・・可能な限り細かく決めておけば、言い訳しようが無いですからね。ただ、これは、個人成績でないと難しいのが欠点ですが。

> 今のカープについての選手の評価に関して言うと、
> 先日の中国新聞で一部、査定に紹介していましたが、呆れてしまいましたね。
> 主観的な評価が多すぎるように思えました。
> 客観的な部分を大事にしない、だからいくらたっても自分たちの状態が把握できない。
> だから、簡単にフィリップス放出なんてことができてしまうんだなって私は感じました。

確かに問題ではありますが、客観的な数字が出しにくいのも事実だと思います。ただ、あきらめずにいろいろチャレンジして欲しいですね。

フィリップス放出は、評価の問題か新監督の問題かと言うと、後者のような気もするので・・・どうなんでしょうね?

コメントありがとうございました。
2010.01.20 Wed l ニュービギニング. URL l 編集
No title
成果主義が主流の中にもこのような考え方もあるのですね。評価が時点での評価を基準としてる以上、雇用が長期であることを前提に採用する場合は年功序列、終身雇用 短い期間であれば成果主義なのかな? ただどちらのやり方をとるにしても、人事の硬直化は避けなければいけない気がします。 カープに関しては入団時点から一定の打席数、登板回数を定めて、その度に査定をする。コーチに関しては、誰を育てたかではなく、数字で客観的に判断する、監督に関しては順位だけでなく、与えられた戦力でどれだけできたか等、昔に比べれば客観的に見れる指標が多いのですからこの辺は善処して欲しいものです。 もうBクラスは嫌だーー  まぐれで優勝するチームよりも毎年、優勝争いをするチームが見たいんじゃーーーー
2010.01.20 Wed l 緑の酒屋さん. URL l 編集
Re: No title
緑の酒屋さん

> 成果主義が主流の中にもこのような考え方もあるのですね。

本文にもあったように、成果主義を早く取り入れた企業は日本に適さない(?)と判断したのか、方向転換をした企業は多いです。富士通なんかその代表として良く上げられますね。

企業の場合、成果が測りづらい職種において、「必要以上のことはやらない」とか、「宣言した以上のことはやらない」という人間が増え、組織として、チームとしてのパフォーマンスが落ちて行ったことが主な原因だと思います。単純に、人件費削減のために成果主義を導入したことが間違いだった訳ですが。

> 評価が時点での評価を基準としてる以上、雇用が長期であることを前提に採用する場合は年功序列、終身雇用 短い期間であれば成果主義なのかな?

やはり、成果をどれだけ正しく評価できるか?というところでしょうかね。

> ただどちらのやり方をとるにしても、人事の硬直化は避けなければいけない気がします。 カープに関しては入団時点から一定の打席数、登板回数を定めて、その度に査定をする。コーチに関しては、誰を育てたかではなく、数字で客観的に判断する、監督に関しては順位だけでなく、与えられた戦力でどれだけできたか等、昔に比べれば客観的に見れる指標が多いのですからこの辺は善処して欲しいものです。

やはりいろいろな意味で動かして欲しいのはありますよね。もちろん、逆の気持ちがあることも否定はしないのですが、勝ちに行くためにはどうしても必要なことだと思います。特に、今のような停滞期には。

> もうBクラスは嫌だーー  まぐれで優勝するチームよりも毎年、優勝争いをするチームが見たいんじゃーーーー

まずは、まぐれでも良いので優勝して欲しいですけどねw

コメントありがとうございました。
2010.01.22 Fri l ニュービギニング. URL l 編集
No title
こんばんわ☆

退院して一か月くらい経ちましたが、今回は再入院しなくても大丈夫そうです。
本当に、健康の大切さを改めて学ばせてもらいました。

>1番と4番は?みたいなものはありますよね?

栗原が今年減額され、石井が年俸上がってるのを思い出しました。
野球界の年俸制で違和感を感じるのが、活躍を『金額』で評価するのか、『増減』で評価するのか。

若いころは、『増減』なんですよね。
そして、いつの間にか『金額』での評価に変わっている。

栗原が一億三千万もらっていて、その『金額』からしたら、去年の活躍は合わないといって、千万『減額』の一億二千万にする…
単純な成績からすると、『減額』に値するほどの成績とは思えない。
例えば、彼が二千万の年俸だったら、下げるということはなく上がっていたでしょう。
ちょっと違和感があるんですよね。

>フィリップス放出は、評価の問題か新監督の問題かと言うと、後者のような気もするので・・・どうなんでしょうね?

「野村坊ちゃん、馬鹿なこと言わないでくださいよ。僕たちの仕事に口出しするなら、もう少し利口なことを言ってください」
くらいの気持ちと責任を持って編成は仕事して欲しいなって思うんですよ。
監督がどうこうの意見は参考程度には受け取るのはいいですが、最終決定は編成がもつべきですし、個人的にはここがプロ野球では、一番重要なところだと思っていますので。

そして、どうもここ数年の編成の動きを見ていて、そして、フィリップス放出、ルイスと契約が取れないというのがあったせいか、開幕直前なのに、どうも例年より気持ちが盛り上がらないんですよね。
2010.02.07 Sun l むのん. URL l 編集
Re: No title
むのんさん

> 退院して一か月くらい経ちましたが、今回は再入院しなくても大丈夫そうです。
> 本当に、健康の大切さを改めて学ばせてもらいました。

無事に復帰されて何よりです。健康もそうですが、失って初めて大切さに気づくものがあるんですよね。まだお若いと思いますので、ご自愛ください。

> >1番と4番は?みたいなものはありますよね?
>
> 栗原が今年減額され、石井が年俸上がってるのを思い出しました。
> 野球界の年俸制で違和感を感じるのが、活躍を『金額』で評価するのか、『増減』で評価するのか。
>
> 若いころは、『増減』なんですよね。
> そして、いつの間にか『金額』での評価に変わっている。
>
> 栗原が一億三千万もらっていて、その『金額』からしたら、去年の活躍は合わないといって、千万『減額』の一億二千万にする…
> 単純な成績からすると、『減額』に値するほどの成績とは思えない。
> 例えば、彼が二千万の年俸だったら、下げるということはなく上がっていたでしょう。
> ちょっと違和感があるんですよね。

これって、若いからベテランだから・・・と言う訳ではなく、成績に対する金額の絶対値が決まっていると言う見方はできませんかね?今年の栗原選手の成績は、二千万よりは多いが、一億三千万程ではない・・・と。ただ、慣性があるので、一年一年での絶対評価という見方には無理があるのですが。若いときには「増減」、ベテランになって「金額」と言う見方に対しては私は違和感があります。

> >フィリップス放出は、評価の問題か新監督の問題かと言うと、後者のような気もするので・・・どうなんでしょうね?
>
> 「野村坊ちゃん、馬鹿なこと言わないでくださいよ。僕たちの仕事に口出しするなら、もう少し利口なことを言ってください」
> くらいの気持ちと責任を持って編成は仕事して欲しいなって思うんですよ。
> 監督がどうこうの意見は参考程度には受け取るのはいいですが、最終決定は編成がもつべきですし、個人的にはここがプロ野球では、一番重要なところだと思っていますので。

仰るとおり、監督が4~5年で変わると言う前提に立つと、長期的な視点での育成・強化と言うのがあるべきで、フロント主導で押すべきところは押さないといけないと思うんですよね。監督が変わるたびに、方針が変わり、主力選手が変わり・・・では、長期的な展望が開けないし、ファンもなかなかついていけません。サッカーのマンチェスターUのファーガソン監督くらい長期に渡って指揮を執るのでなければ、フロント主導での一環した育成・強化策の提示とその方針下での監督の指揮権・・・と言うように責任を分担すべきではないかと。

> そして、どうもここ数年の編成の動きを見ていて、そして、フィリップス放出、ルイスと契約が取れないというのがあったせいか、開幕直前なのに、どうも例年より気持ちが盛り上がらないんですよね。

うーん・・・お気持ちは良くわかります。野村監督が現場でやっていること自体は嫌いではないのですが、編成がねぇ・・・明るい話がまったくなく・・・

コメントありがとうございました。
2010.02.07 Sun l ニュービギニング. URL l 編集

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://newbeginning436.blog77.fc2.com/tb.php/583-731cf186
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。