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カープの復活を信じて 北別府氏、津田氏野球殿堂入り

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北別府氏、津田氏野球殿堂入り


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遅ればせながらこのネタ。

山本浩二氏「優勝できたのは津田恒実のおかげ」…“炎のストッパー”殿堂入り

北別府氏も殿堂「津田いたらもっと…」

いずれもカープの協力投手陣を支えたカープ史に残る素晴らしい投手。北別府投手は、カープ唯一の200勝投手。初優勝した75年のドラフトで1位指名され入団。カープ唯一の黄金時代を川口投手や大野投手と一緒に支えた、名実共のカープのエースでした。

高校時代は快速球投手としてようですが、プロ入り後、スピードに限界を感じた彼が武器にしたのが変化球とそのベースとなる制球力。達川氏曰く「ボール半分でゾーンの出し入れが出来た」と言うことですが、良く覚えているのがボール判定された際、審判にクレーム付けている様子とか、あの「どろん」とした縦のカーブ。

年度別にみると86年の成績が秀逸でした。後半戦、優勝のかかった時期に7勝0敗。負けるどころか点を取られることすら想像できないような状況でした。絶対的な力はともかくとして、ああいう、「ここぞ」と言う時に力を発揮できる選手が今いないし、必要なんだと思います。これは経験によるものなのか、天性的なものなのか・・・

そして驚いたのが津田投手。成績的には抑えとしての実動4年で、その内容的にも過去の殿堂入りした選手や、今回時点で落選し、権利喪失したブーマー選手のように苦労している外国人選手の成績には劣るものの、「記録」ではなく「記憶」に残る選手でした。これでカープファンの記憶だけでなく、プロ野球ファンの「記憶」にも永遠に残ることになりました。選定基準について賛否両論はあるようですが、それについてはここでは触れないようにします。ただ、ブーマー選手がこれで権利喪失(引退後21年?)と言うのは残念です。何なんでしょうね?権利喪失って。

津田氏は、マウンドで見せる猛々しさとは異なり、プライベートではシャイで気を使うタイプでみんなに好かれていたとの話がありますね。奥さんのコメントも素敵です。

資格最終年での殿堂入り。「主人が活躍できたのは、当時のカープの強さがあればこそ。数字的には主人より立派な成績を残された選手はたくさんいる。チームメートに支えられて、代表して、いただいた賞だと思います」。発表会見に出席した夫人の津田晃代さん(48)は感激の面持ちで周囲への謝辞を並べた。



殿堂入りの報告は、これから故郷・山口に眠る右腕へ届けられる。表彰式は、故人の命日となる7月20日の球宴第1戦(京セラ)の予定。「主人の言葉を代弁できるなら『チームメートの活躍があって、スタッフの支えがあってこその自分だった』だと思う」と晃代さん。雄々しく優しい魂は、色あせず受け継がれていく。



津田氏については、過去こんな記事を書いたことがあります。

ブログ開始初期の頃ですね。初回の記事から3日目・・・新鮮ですw

今考えると、友人から電話があったのは寮なのかな・・・と思います。当時、携帯を持っていなかったのは間違いないため、車に掛かってくるのはあり得ない。津田氏のこの記事を見て、今は亡き友人のことも思い出すことができました。

もう記憶の詳細は薄れて来ておりますが、津田投手の鮮烈なプレースタイル、そして友人のことは永遠に私の中に残しておきたいです。
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2012.01.15 Sun l カープ2012 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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