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カープの復活を信じて 思い出の選手

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思い出の選手 番外編 木村拓也 ~もう見られないあの笑顔~


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迷いましたが、「思い出の選手」のカテゴリーにしました。

◆◆◆

今朝、予想はしていたものの信じたくない記事を目にしました。

木村拓コーチの雄姿を私たちは忘れない

37歳・・・早すぎる訃報でした・・・

自分より年下の方の訃報を聞くと、非常に考えさせられます・・・自分も明日どうなるか分からないんですよね・・・一日一日を悔いのないように生きなければ。

今日、書く話じゃないのかもしれませんが、広島時代のキムタクさんに対して、良い印象は無かったです。ユーティリティプレーヤーとして8ポジションどこでも守れますし、スイッチで打撃もそこそこの結果を残していました。

しかし、(守備での)凡ミスが多い・・・

と言う印象が強かったのが原因だと思います。

その味方が変わったのは巨人に移籍してからでした。ブラウン監督の方針に合わず、井生選手や中東選手など、他のユーティリティプレーヤーの台頭もあり、金銭での巨人への移籍。そのときも特別な感慨はありませんでした。

しかし、実際に彼を敵に回した時に彼の凄さ、嫌らしさを知ることになりました。守備面もそうですが、嫌らしいバッティング、黒田投手や大竹投手もかなり彼にやられたんじゃないでしょうか?

正直、

まだまだ出来るじゃん、ブラウン見る目ねぇ!!!・・・見る目ねぇのはおれか・・・

敵にして初めて彼の凄さ、嫌らしさ、そしてプレーヤーとしての本当の価値を知ることになったのです。でも、時すでに遅し・・・カープは大切なものを失った後でした。

そして今日、我々はその大切なプレーヤーを永遠に失いました・・・

もう、彼の少年のような笑顔を見ることは出来ません・・・そう、もう二度と・・・

カープでプレーしていた頃かどうかは知りませんが、彼が高校時代の同期会に出席したシーンが特集で流れたことがありました。進学校の中でずば抜けた能力を発揮していたようで、高校時代の話で盛り上がってました。そのような姿を見ると、本当に一般人と変わらないんですよね。体型も普通の人と変わらないし・・・あの身体で、大男たちが揃うプロの世界で18年間・・・並みの努力ではなかったんでしょうね。

そして緒方選手の引退試合。狙ったようにセンターフライを打って、にっこりと笑った場面。彼はまだカープが好きなんだなぁ・・・と思った瞬間でした。

現役を引退して約半年。第2の人生が始まったばかりの早すぎる訃報。野村監督の談話だと、倒れられた当日、到着時間の関係で、まだご家族にはあって無かったようです。

◆◆◆

現役時代、カープのユニフォームで新球場に足を踏み入れることはありませんでした。しかし、彼の最後になった場所は新球場・・・彼が最後に目にしたのは新球場のグラウンドの土かもしれませんね。

37歳、早すぎる死ではありますが、野球人としてグラウンドで最期を迎えたこと・・・彼は満足しているかもしれませんね。

あなたの笑顔、私たちは忘れませんよ・・・

年のせいか、最近涙もろくて・・・
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2010.04.07 Wed l 思い出の選手 l コメント (6) トラックバック (0) l top

思い出の選手(11) 今井譲二


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思い出の選手、今回は、今井譲二選手。足のスペシャリストです。

カープ全盛期であった80年代。その足だけでファンに名前を焼き付けた選手でした。

「ただいま代走いたしました今井に代わり、レフト・小川(達)」

ミスター赤ヘル山本浩二選手の現役生活最後の頃は、試合終盤のこのコールが恒例でした。山本浩二選手が出塁後、お役ごめんになり、代走今井、そして次のイニングに守備固めとして小川選手起用。このコールを大学時代に良く真似してましたw

小川達明選手についても後日取り上げたいですね。結構好きな選手でした。

今井選手に戻ります。現役8年間で263試合に出場・・・にも関わらず、打席は31。通産安打5に対して、盗塁数が62。ほとんどが代走での出場だったように思います。86年~88年までは、出場試合数46、36、43に対して、打席数は2、0、1。盗塁数が17、9、7。まさに代走のスペシャリストですね。

最近、このような選手がいなくなりましたよね。何でも出来る選手の方が重宝されるのでしょうが、ある技術に特化した、まさに職人と呼べるような選手。このような選手も私は好きです。

実動8年 263試合 .185 0本塁打 0打点 盗塁62

数字以上に、記憶に残る選手でした!

今後はこんな選手は、なかなか現れないでしょうね・・・
2010.02.11 Thu l 思い出の選手 l コメント (0) トラックバック (0) l top

思い出の選手(10) ランス


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思い出の選手で初めての外国人選手・・・リチャード・ランセロッティ・・・ランス選手ですw

いやぁ・・・まさにホームランか三振か?という感じで。初年度ホームラン王を取った年が88安打で39本塁打。本塁打率?は.443。安打10本中4~5本がホームランという凄さ。

特に、桑田投手に強かった印象があります・・・巨人戦に強かったのかな?「あれっ?」みたいな感じでホームランになってましたw

風貌がキリストみたいな感じだった記憶があるんですがあってますか?w
「タンスにゴン」という、タンス用防虫剤のCMがあったのですが、それに引っ掛け、「ランスにゴン」と言われてました。

ホームラン王を取った年、首位打者を取った正田選手がホームラン0。そして、ホームラン王を取ったランス選手が規定打席到達者での最低打率と両極端な選手二人をカープから輩出しました。

それを風刺した、やくみつるさんの漫画で、ランス選手と正田選手の遺伝子を掛け合わせて最強の打者(高打率・長打力)を作ろうとしたら失敗した・・・というネタがあったのを思い出します(オチはわかりますか?低打率・長打力無ではありませんw)

実動2年 200試合 .207 58本塁打 133打点 盗塁1(???盗塁?本当?)

我々ファンの中でも、「桑田が気の毒だ・・・」と言われてましたw

今こそこんな選手がいるんじゃないの?

いかがなもんでしょう?
2010.01.30 Sat l 思い出の選手 l コメント (6) トラックバック (0) l top

思い出の選手(9) 山根和夫


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久しぶりに思い出の選手。今回は、山根投手です。

最近のファンの方はご存じない・・・ですよね。80年代に北別府投手とともにカープを支えた先発投手です。

勝山高→広島(1975年 ドラフト2位)→西武

切れの良いストレートとフォークを武器に80年から84年までの5年間で59勝を上げました。特に、84年は16勝をあげ、日本シリーズでも活躍、日本一に貢献しました。

良く、北別府投手と比較されるのですが、勝ち星は彼の半分以下で、完全に負けているのですが、山根投手の場合、日本シリーズに強く、勝ち星以上に強い印象を残しています。

日本シリーズでは、79年、80年は、共に2勝。84年は、勝ち星は1勝に終わったものの、3試合に登板し、3勝に貢献しています。ちなみに、79、80年も共に3試合に先発です。すごいですね・・・この頃のシリーズは。

シーズン中は北別府投手中心にローテが組まれるも、北別府投手がシリーズに弱かった(結果的に、1勝もしておりません)ため、山根投手中心に回し、山根投手も見事それに応え、3回の日本一に大きな貢献をしております。

北別府投手は打たれながらも抑えるという感じでしたが、山根投手は内容も伴っていたという印象が強いです。相手を抑え込む・・・という感じでしょうか?単なる印象かもしれませんが。

16勝をあげた84年以降、カープでは1勝もできず、西武に移籍。リリーフで活躍しました。その後、日本ハムでコーチをされていたみたいですね。団しん也(誰も知らん?)に似ており、愛嬌のある顔でしたが、勝負強い頼りになる投手でした。

1989年引退 78勝64敗8S 防御率3.31 奪三振612

勝ち星は紀藤投手と同じなんですね。だからなんだ?という話ではありますが。
2010.01.28 Thu l 思い出の選手 l コメント (2) トラックバック (0) l top

思い出の選手(8) 石貫宏臣


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思い出の選手。今回は、石貫宏臣投手です。

西日本短大付高→広島(1987年 ドラフト2位)→ダイエー→ロッテ(現在、ロッテ打撃投手)

第4回で紹介した川島堅投手と同期入団の左腕投手です。小柄ながら、切れのいいストレートとカーブを武器に甲子園でも活躍しました。

1987年ドラフト指名選手
1位:川島堅
2位:石貫宏臣
3位:北原喜久男
4位:水沢英樹
5位:塚原善之
6位:芦沢公一

1位指名の川島投手は、かなり騒がれての指名でしたが、ドラフト後、数年後は石貫投手の方が実績を上げているのでは?という専門家もいたと記憶しています。3年目の90年に1軍登板を果たし、翌年に飛躍的な躍進を遂げました。46試合に登板し、5勝1敗1S。防御率が1.98と2008年の横山のような成績を残しました。川島と共に、カープの投手陣を支えるべく背番号も19に変更されたのですが、成績がガタ落ち。95年には故郷に移転したダイエーに金銭トレードで移籍しました。

甲子園に出場した頃から印象に残っている選手なのですが、残念ながら正確の記憶が残ってないです。ネットで検索した情報から記憶を辿ろうと思っていたのですが、残念ながらネットの情報も多くありませんでした。みなさんの中で記憶やエピソードが残っている人がいらっしゃいましたらコメントいただけると幸いです。

2005年のロッテ優勝時は、このようなシーンもあったようです。もう40歳だと思いますが、今でもロッテにいるんですかね。頑張ってください。

おめでとう。石貫、山崎健。

C-takeさん、後ほどリンクの連絡させていただきます。

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2009.02.08 Sun l 思い出の選手 l コメント (13) トラックバック (0) l top
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